トラッカー インディアンの聖なるサバイバル術 / My Favorite Book

Vol.2はふゆふゆこと佐藤扶由夫が「トラッカー」をご紹介したいと思います。

トラッカー インディアンの聖なるサバイバル術

トム・ブラウン Jr.著、斉藤宗美訳、徳間書店、2001年

実はこの本は絶版になっています(2020年4月現在)が、地域の図書館などで見かけたら、是非手にとって頂きたい一冊です。

●本の概要

「トラッカー」は著者のトム・ブラウンJr.がネイティブアメリカンのリパンアパッチ族の古老ストーキング・ウルフ(通称:グランドファーザー)から自然と調和して生きる術を学んだレッスン(教え)と、それをもとにしたトム自身の自然体験を記したノンフィクション的処女作です。

●My Favorites’ Point:ネイチャーとチームの相互依存関係

システムコーチングと「ネイティブアメリカン」「自然」がどのようなつながりがあるのか、面食らった方もいるかもしれません。ここではコーチングというよりも「関係性システム」という文脈からこの本を見てみたいと思います。

システムコーチングではチームを単なる「個人が集まったグループ」ではなく、「関係性システム」すなわち「共通の目的/アイデンティティを有する、相互依存関係を持った集まり」と捉えています。これは別な表現で言うならば、チームを一つの「有機体」のように感じることであり、それによって個を越えてチームが生命を持った存在のように立ち現れる姿を多くのコーチングセッションで目撃してきました。

しかしながら、この「関係性システム」というコンセプトをチームメンバーにお伝えした時に、最も受けとられにくいのが「相互依存関係」の部分です。組織の中で優秀なプレーヤーほど他のメンバーから距離を置いて自分のパフォーマンスの最大化のみに注力していたり、評価制度そのものがメンバー同士が協力しにくくなるような形であったり、というのは残念ながらよく見かける光景です。

チームは、ただ個々のプレーヤーが自分の責任を果たすだけで完結しているのではなく「相互依存関係(=お互いに影響を与え、受けあっている)」もありながら動いている。個人の責任や能力に極端にフォーカスする傾向のある組織や社会の中では「相互依存関係」が実感しづらいのも無理もないかもしれません。

そんな「相互依存関係」を見事に実感させてくれるのが「自然」であり、その仕組みを解きほぐすように見せてくれるのが、この「トラッカー」という一冊です。本の中からグランドファーザーの言葉を少し紹介します。

“英語と言うのはある特定のコンセプトを表現するのに適さない言葉だ。例えば「一つとして感じる」という考えを表わす単語が見当たらない。また、「種々さまざまでありながら、それでもどれか一つを切り離すことができない、すべての生き物のつながり」を形容するのに「ネイチャー(自然)」という単語が、英語では一番妥当かもしれない。しかしながら、森の中に「いる」というのは実際どんな感じなのか、きっとどんな言語でも表現することはできないだろう。こうした経験は、単に言葉で伝えることなどできないからだ。実際に森に行って体験しなくてはわからない。(第2章「ネズミに聴け」より引用)”

自分がトムの著書を通じてグランドファーザーのレッスンを知ったのは約20年前になりますが、それまで釣りが好きだったくらいで、所謂「アウトドア」というジャンルに特に経験もなかった身としては衝撃的でした。

「種々さまざまでありながら、それでもどれか一つを切り離すことができない、すべての生き物のつながり」を感じながら森に入る、という未知の体験に、怖れを感じつつも、自分の心を深く揺さぶる何かがありました。その後、グランドファーザーの哲学やスキルに基づいた野外ワークショップに日本国内で参加して学びながら、アウトドア体験を重ね、2004年からはこの本の著者トム・ブラウンJr.が主催する「トラッカースクール」のプログラムにいくつか参加しました。

この本のタイトルでもある「トラッカー」とは「動物(人間)の残した痕跡を追いかける人」を意味します。それは主に狩猟を目的に発達したスキルですが、単純に「狩る」「狩られる」という関係を越えて、自分が追いかける対象の行動、感情、周囲の自然環境が与える影響など全てを意識し、感じとることができて初めて本当の「トラッカー」になれる、ということをトムは繰り返し伝えてくれます。

「トラッカー」の中には次のようなエピソードが出てきます。森の中の小道をトムと親友のリック、そしてグランドファーザーが歩いている時に、リックが見上げた先にフクロウがいました。その時、グランドファーザーは視線を上に上げることもなく

「(フクロウは)眠らせておけ」

と言ったのです。どうして、見もせずにそこにフクロウがいることがわかったのか、トムとリックはどうしても知りたいとお願いします。すると、グランドファーザーは「ネズミが教えてくれた」のだから「ネズミに聞け」と答えたのです。

フクロウのことを知りたかったら、ネズミに聞け。

この答え、ピンとくるでしょうか。詳細は「トラッカー」を読んで頂きたいのですが、森の中の生き物の相互依存関係、それを知り尽くしたグランドファーザーだからこそ、直接フクロウを見なくても、その近くにいたネズミの動きだけで、その影響と存在を感じとれたと言えるでしょう。

現代に生きる私たちには、あまりに突拍子もない話のように感じられるかもしれません。同時に人間以外の生物が自然に「相互依存関係」の中で生きているならば、冒頭に描写したような「相互依存」を切り捨てて意識をしない組織や生活は、本当は「不自然」なのではないか、とも思います。

そんな思いにも背中を押されて、東京から八ヶ岳山麓の森の中に移住して生活を始めて8年目になりました。我が家を囲む森にもフクロウがいて、木々の間を音もなく飛んでいく姿を時折見かけます。薪ストーブのために薪小屋に積んである薪を取り出そうとすると、その間から穴のあいたクルミがころっと落ちることがあります。その独特の穴のあき方からネズミの食べ痕だとわかりますが、果たしてこのネズミとフクロウの間にどんな物語があったのか。それを知るには、自分はもっとネズミに聴く必要がありそうです。

今の自分がトム、そしてグランドファーザーが教えてくれた、自然と調和し「相互依存関係」を意識した生活をしっかりと実現できているか、と問われれば、正直心もとないところです。しかしながらグランドファーザーのレッスン、トムの本は「種々さまざまでありながら、それでもどれか一つを切り離すことができない、すべての生き物のつながり(関係性システム)」を垣間見ることのできる眼鏡を与えてくれました。それがなかったら、たとえ森に住んでいたとしてもネズミとフクロウの物語に思いを馳せる自分はいなかったでしょう。

実はその眼鏡さえあれば、街の中でもそれは見出すことができる、とグランドファーザーは言います。よかったら仕事の休憩の時に手を止めて、PCを閉じ、スマホを置いて、静かに外へ意識を向けてみませんか。ご自宅の庭に残った何かの動物の足跡、ベランダのプランターの花に飛んでくる蝶、窓越しに見える街路樹の枝にとまった鳥たち。そこに「生き物の関係性システム」の一片を見つけられるかもしれません。