システムには自らを癒し浄化する力がある時代の変化の中で「時計が止まった」チーム・組織と関わる
東日本大震災での大きな環境の変化
2021年3月、今年は日本にとって大きな節目の年です。千年に一度の規模の災害と言われた東日本大震災から10年が経ちました。それは2009年に立ち上がったCRRジャパンにとっては、さあこれからという矢先のことでした。
また栃木県北部に住む私は、個人的にも大きな影響を受けました。福島の原発事故の影響を懸念し、一人娘をこの土地で育てて良いものかと夫と相談を重ね、しばらく長崎の義母を頼って疎開したのもちょうど十年前の今頃です。
自分自身が被災者となったことで、「困っている人を助ける人」というそれまでのアイデンティティは壊れました。一体これから生活はどうなるのだろう?と不安を抱えながら「助けてもらう人」となった私に長崎の人たちはとても優しかった。大きな環境の変化は、こんなにも人の心を揺らし不安にさせるのだということ、そしてこうした不安定な状態な時には、暖かい言葉や思いやりある振る舞いがどれほど心に沁み、前に一歩進む力を与えてくれるかを教えてもらいました。
少し暖かくなってきたころ、日本社会は急激に前に進み始めていました。しかし時を同じくして、地元では東日本大震災の影響で多くの人や組織がまだ前に進めないままでいると聴きました。
特に医療、福祉、学校教育、役所など、市民生活に欠かせない業務を担っていた人たちは、被災当時、自分の家や家族を後回しにしてでも地域の人々の生活を助けるために力を尽くしてくれました。しかしその後、モチベーションの低下、エネルギーの減退や組織内の関係性の悪化が起きているというのです。
システムの癒しと許し
そんな時役に立ったのが、他でもないシステムコーチとしてのあり方でありツールでした。ご縁のあった地元の老人ホーム、小学校、幼稚園などを訪問し、職員や教員の皆さん達と輪を囲み、それぞれの心の内に秘めてきた痛み、悲しみ、怒り、落胆、後悔など心の内をただただ語りあいました。
「後ろ向きなことは言ってはいけない、感傷に浸っている暇なんてない、頑張っているみんなの気持ちを暗くしてしまうし、何より部下に示しがつかない」と、傷んだ気持ちをぐっと飲み込み、他者のために頑張ってきた人たちはまだ頑張っていました。
それまで躊躇していたあらゆる感情を出し切っていくと、少しずつ場の感情が変化していきました。仲間たちの勇ましい姿、差し伸べてもらった手を握った感覚、優しい言葉に涙した瞬間、名前も知らない人に助けてもらった思い出、混乱の最中にも弾けた大笑い、忘れ去られていた記憶の断片が次々と思い出されていきます。一人一人の真実の経験や本音が語られれば語られるほど、皆がその場に集中し空気がピンと張ってきます。
そして誰が何を言ったかを超えて、共感が広がり、場全体が熱を帯びて1つになっていきます。私とあなたの境界線がなくなっていくような感覚です。そして重くヒリヒリしていた場の感情が、次第に柔らかく、温かく、優しく変化していきました。泣きながら笑う時、悲しみに沈んだ場所から立ち上がって前を向く時、人やチームはこんなにも美しい表情をするのだということを心に焼き付けた体験でした。
しんどさを抱えて身動きが取れなくなっている時、人やチームは無理に前に進もうとするよりも、あえて今に留まってただ起きたことを振り返り、心の中にある感情に気づき、内なる小さな声を外に出していくことで、痛みや辛さを受け入れることができ、結果的に前に向いていくことができるのだということを教えてもらいました。たとえそれがどんなに辛くて苦しい経験だったとしても、仲間と一緒にその経験と向き合うことで癒しと許しが始まり、それは徐々にシステムの新しいアイデンティティとして統合されて、新しいあり方・生き方が生まれます。
2011年にはそうした新しい物語が生まれる姿をいくつも目撃させてもらいました。
システムは自らを癒し浄化する力がある
システムコーチング®はただ前に進むためのものではありません。
好むと好まざるとに関わらず辛いこと、残念なこと、思うようにならないことは起こります。そんな時こそリーダーは、メンバーそれぞれが心の内に秘めた痛みや悲しみをあえて共有するように促します。システムには自らを癒し浄化する力があります。たとえ今どんなヒリヒリした状態であったとしても、今ここから意図的に未来を作ることができるのです。
そして、システムコーチは、混沌としたそんな時にこそ共にいて、システムが変容しながら新しい未来へ向かっていくプロセスを力強く応援することができるのです。
「神話の変化」
「神話の変化」というツールは、このようにシステムが大きな変化に直面して不安定な状態になった時に、意識的に未来へと変化していくのを助けます。
あらゆるチームや組織は「組織風土や文化」「アイデンティティ」として「自分たちは何者か」という物語を携えています。しかし大きな環境変化や時代の変化が起こると、古い物語がもはや役に立たず、新しい物語もまだ生まれていない状態が訪れます。人々は不安定で不確実な混乱した時期を経験し、多くの人が自分の居場所を見出しにくくなります。こんな時、私たちは不安、混乱、エネルギーの減退や孤独感を経験します。
俯瞰して見れば、これは新しいあり方へと変容する大きなチャンスです。システムコーチとしては新しい物語、アイデンティティ、を見つけられるように、しっかりと古い物語を振り返り哀悼の場をつくります。そして未来を作れるのはあなたたちだと励まします。
「2011年3月11日で止まった時計」
2019年、東北にあるA社は、社長の強いリーダーシップの元、幹部メンバーも社員も誠実に日々の業務に勤めておられたものの、事業の方向性が定まらず、社員のモチベーションは低下し、会社の雰囲気は暗かった。
大きな影響を与えていたのは2011年3月11日の東日本大震災での被災でした。経営幹部がまずお互いに腹を割って対話を始め、自ら事業の意義と仕事への誇りを取り戻すことがコーチングの焦点となりました。
初回のセッションで使ったツールが「神話の変化」です。
床に一本線を引き、会社の歴史年表をつくり、全員で一歩ずつ歴史のコマを進めながら、誇らしかったこと、残念だったことを織り交ぜながら語り合いました。
A社に入って以来、
「誇らしかったこと・嬉しかったことは何ですか?」
「残念だったこと・後悔していることは何ですか?」
そして次のような問いで未来に向かいました。
「歴史を振り返ってみて、これからも大切に守り育てていくべき御社のDNA、誇り、文化、アイデンティティ、変えないものは何ですか?」
「未来へ向けて、変えるべきものは何ですか?」
「ここからどんな未来を作りたいですか?」
「そのために、幹部チームは何に本気で取り組みますか?」
メンバーからの振り返りには次のような声が語られました:
「人に歴史あり。生き生きと過去を語る人たちがいるのを見てプライドを思い出した」
「過去の良き思い出と苦い記憶を清算し、未来へと意識の焦点が向かった。共に苦難を乗り越えた経験を通じて強い連帯感を持っていること、幹部社員が未来に責任を感じていることに気付きました。」
「プロとしての誇りを思い出した。A社の歴史、強かった昔、それぞれの時代の名リーダー、チャレンジ精神、新しいことに最初にトライするのは我々の強みだと思い出した」
「自己卑下があったことに気づいた。過去に思いをはせると今も痛みが強くある。現状維持だけが拠り所、という状態だった。でも皆で語り合って、前に進む心の準備がようやく整った」
一人一人が心の内に携えていた痛みや、混乱の中でも頑張った物語が全員に共有されたことで、辛い過去もチームの歴史に変わっていきました。過去のリーダーやメンバー、逸話、文化がむしろ心の拠り所となり、チームはここから「A社の未来を作るのは自分たちだ」と前を向き、ワーキンググループを作り、社員を巻き込んでいくことになったのです。
コロナ禍の混沌の中で
2021年、コロナウィルスによって世界が大きな変容を余儀なくされて2年目に入りました。1年間、世界中の人たちが経験したことのない不安定で不確実な状況に置かれてきたのです。ワクチンの接種が始まり、人々の生活が一日も早く元どおりになることが期待されています。世の中が勢いを持って前に進み始めようとしている今こそ、小さな声に耳をすませてみてください。
この混乱の中で、自分自身や家族を後回しにしてでも、他者のために力を尽くしてくれてきた人たちが前に進めずに辛い思いをしているかもしれません。将来、2021年で時計が止まっている人や組織に気づいたら、「あの時頑張ってくれてありがとう」と伝えたい。その傷みに向き合い、気が晴れるまで、心が前を向くまでそこにある声に耳を傾けられる実践家でありたいと思います。
ORSC®はシステムが前に進むためだけにあるのではありません。
しっかり立ち止まり、システムの内なる声に耳を傾けさえすればシステムには自らを癒し浄化する力があること、ORSCの実践家としての原点となった2011年3月が今という時代に向けて伝えてくれるメッセージを思い出しています。