【後編】ORSCの取り組みが「バタフライ効果」に

パナソニックにおける組織開発と挑戦する組織内コーチ / パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 パナソニック ホールディングス株式会社

【前編】組織開発を本気で進めようという経営の意志
【中編】価値観の異なる人が協働する方法を学びたい
【後編】ORSCの取り組みが「バタフライ効果」に(今この記事を読んでいます)

組織内コーチが増えている今、どうORSCを活用し、組織で展開しているかについて、精力的に活動を進めているパナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社の小濵玲子さんと戒能直美さん、パナソニック ホールディングス株式会社の宮下航さんの3人に引き続きお話を伺います。

自組織で「システムコーチング・プロジェクト」を立ち上げ

――戒能さんと宮下さんが行っている「ワールドワークプロジェクト」*1について聞かせていただけますか?

*1 ORSCの知恵を使い、目の前に起きているさまざまな問題・課題に働きかけ、より良い関係性(Right Relationship)を共に作ろうとする取り組み

宮下さん:組織風土改革のニーズと、ORSCでチームより、もっと大きいシステム(組織、会社、社会)に対して、当事者として変容を起こせるかという問いを持ちながら、僕が所属している100名弱の室で「システムコーチング・プロジェクト」を立ち上げました。

取り組むプロセスも確立したかったので、「共創」の観点からコーチも多様性を確保し、当事者(室内)の自分だけでなく、社内の戒能さん、社外のコーチである星加さんにも入ってもらい、1年目は戒能さんと私で2チーム、2年目はコーチ3人体制で5チームに対して、継続的にシステムコーチとして関わり続けました。

戒能さん、宮下さん、社外コーチの星加さん

戒能さん:室の皆さんはそれぞれ個が立っていて、それぞれプロジェクトを持っていらっしゃる方々が1つのチームになるということで、「そもそもチームって何?」「チームである必要があるの?」「このプロジェクトをやる意味は?」というところからのスタートで、なかなか大変でした。

宮下さん:実は今回、組織課題への打ち手として組織長のコミットメントでスタートしたため、現場の中ではORSCを実施することへの理解が十分に得られていなかったんですね。そのため、チームは同じでもプロジェクトが異なるチームに対しては、なぜチームとして協働するかの目的を合意して納得してもらうことに苦労しました。また、ロジカルに考えることが得意な人たちの集まりなので、抽象度が高い概念については、体験してもらいながら徐々に納得していってもらったんです。

小濵さん:ある程度良いチームだったからこそ、かえって難しかったのではないかと思います。本社の研究部門なので全員頭が良いし、自分の専門領域や専門性を活かしながら給与に見合った、もしくは給与以上の仕事をしている方々なんです。人は「メタボです」と医者に言われたら何かしなければと思いますが、良い感じの体型だと思っている人に「筋トレして」と言っても、「?」という感じだったのではないかと思います。

関係性システムの姿がリアルに表れた


――なかなかご苦労があったスタートだったようですが、何か印象に残っているセッションはありますか?

戒能さん:宮下さんと組み始めた初期の頃に、「紐のワーク」をしたんです。参加者に「仕事の紐」と「関係性の紐」を渡したのですが、上司がうっかりその紐を離してしまって。そこに参加していたメンバーの一人が突然ネガティブな感情を爆発してしまったんです。宮下さんも私も、何が起きたのかわからず、その時はあたふたしてしまって。

宮下さん:と同時に、見立ての段階でこのシステムの中にはすごく痛みがあると思っていたので、その関係性システムの姿がリアルに表れたと思っていました。その人に何が起きたのか詳細は聞いていないのですが、参加者の中には「どうしたの?」と自然に寄り添う姿が現れ、システムが自己修復していると感じました。コーチは、予期せぬタイミングで出現するシステムの痛みの瞬間にもちゃんと立ち続けることが大事だということを戒能さんと確認したことを覚えています。

エルダーの声が出た瞬間にチームに変化が


――システムコーチとしての学びがあったのですね。そうした取り組みの中で“ピークモーメント”だと感じたのはいつでしたか? 

戒能さん:ディープデモクラシープロセス*2というORSCのツールを使って行った「ステークホルダーのワーク」の時ですね。

*2 多様な役割・立場を演じることで様々な声を体験するワーク

宮下さん:確かに、そのワークはインパクトがありました。相手の立場から見ることで気づきを得た時に、「本当にこの組織はいるのか!」というエルダー(長老的な在り方)としての声がシステムから出てきたんです。そのインパクトがすごくて、その瞬間にチームが変わったのを感じました。それまで個々の存在意義や目的意識はあったのですが、「システムとしてどうしたら良いのか?」という、自分たちの存在意義や目的意識に視座が上がったと思いました。

ピークモーメントだと感じた「ステークホルダーのワーク」

戒能さん:そうしたチームの中で起きた変化について、参加者の皆さんが「自分たちは変わってきたよ」とか「こないだ会議をした時に、みんなすごく発言したんだよ」と報告してくれるようになったんです。

正直言うと、宮下さんと組むことについて、最初は私の方がコーチとして経験値があったので、なんとなくランク*3が存在していたんですよね。でもだんだんと対等になって、一つになっていき、私たちのシステムの成長が実感できました。

*3 社会的な地位や役職、年齢、経験値など、持っているパワーの高低差のこと

宮下さん:確かに、この取り組みで参加者の人から戒能さんと宮下さんは「一人に見える」と言ってもらえるほど信頼関係が築けたし、そうした2人の変化が場に影響を与えていたのだと思います。

コーリードをするにあたって、DTA(Designed Team Alliance)の中で、僕らのシステムはジンジャーマン(人型のクッキー)みたいだという話をしていました。ORSCのセッションを重ねてDTAを繰り返していくうちに、そのジンジャーマンが変化していって、すごく元気に動き回っていて、荒波を超えるたびに成長している。そんな感覚がすごくありました。これからも成長できると感じています。

荒波を超えるたびに成長していった2人のシステム
(ジンジャーマン)


組織にとってプラスのアクセルに

――今回の取り組みは、御社の組織開発においてどんなインパクトを与えた可能性があるのでしょうか?

小濵さん:1つは、今回の取り組みは間違いなく宮下さんの組織にとってプラスのアクセルになるし、もう一つ外側にあるホールディングスの研究部門にもプラスの影響を与えていると思います。どこぞで蝶が羽ばたくと…という「バタフライ効果」も起こり、その波が一瞬だったとしても、さざ波が立ったという意味では大きなインパクトがありました。

もう1つは、組織開発推進室の人数は7人なのですが、それではパナソニックグループ全体約23万人にリーチできるわけではないので、私たち7人の手の届く、目の届く範囲はどこで、そこからどのように自走してもらい、それらの現場が良くなるかを考えておかないといけないんですよね。

そう考えると、今回のコーリードが戒能さんと私ではなく、組織開発推進室としてお手伝いをする立場の戒能さんと、まさに現場にいる宮下さんとのコーリードだったということが大きくて、一つの成功パターンだったのではないかと思います。

宮下さん:今回、風土や文化など「目に見えない変化」を意思決定者や他の人にもわかる形にしようと、ORSCを行う前と行った後とで何がどれだけ変わったかというところを定性と定量両面でアンケートを実施しています。システムコーチとしての関わりに本当に価値があるのか「見える化」したことも今回のチャレンジで、定量・定性ともにプラスの効果が見えました

ORSCを行っている戒能さんと宮下さん


経営理念と親和性が高いORSCを行動原理に

――今後、ORSCをどのように活用していきたいとお考えですか?

小濵さん:いつでもどこでも使っていきたいと思っています。弊社に一人で仕事をしている人はいませんし、一人で完結できる仕事はないと思っています。ORSCは弊社の経営理念とも大変親和性が高いので、行動原理に埋め込んでいきたいと考えています。

戒能さん:小濵さんの言う通り、いつでもどこでも誰とでも。関係性は周りにいっぱいあって、それがうまくいっているとかいっていないとか、本当にその空気で感じることがいっぱいあります。“ORSC筋”があるからこそ気づいて、ちょっとしんどい時もありますが、しっかりと関係性に向き合い人も組織もイキイキと輝くために、自分の体験も含めてリソースとして何か役に立てることがあれば、どんどん使っていきたいと思っています。

宮下さん:社会に目を向けると、人は都市に一極集中していて、技術がすごく進歩して、人の物理的距離はすごく近接しているのに、お互い助け合わなくても、お金を払えば何でも手に入るサービス中心の世の中になっていますよね。それによって日本は、国がやってくれる「公助」と自分でやる「自助」の2つに頼る構造になっています。

けれど、ここから人口が減り、人手が足りなくなっていくと、お互いに助け合える風土や仕組みを作る「共助」が社会全体で大事になってくるのではないかと弊社グループCTOの小川が語っていますし、僕もそう思っています。

ORSCはその「共助」のど真ん中だと思っているので、システムコーチとして入りつつ、システミックデザインなどを掛け合わせながら都市・地域の課題を解き、お互いが助け合える街づくりに関わっていきたいと考えています。

さらに研究者として、「関係性の見える化」を進めながらテクノロジーでできることを考えていきます。実は、小濵さんと戒能さんがORSCを行っている時の心拍や行動を分析することをすでにやらせてもらっています。関係性の問題は無数にあり、悩みの9割は人間関係とも言われています。この問題に取り組み、お互い分かり合うことをサポートするツールを作ることが僕の野望です。

▼パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社
https://www.panasonic.com/jp/pex.html


▼パナソニック ホールディングス株式会社 パナソニックラボラトリーhttps://laboratory.jpn.panasonic.com

【編集後記】ORSCを活用しながら精力的に組織開発を進めるパナソニックの皆さん。個人的には、2013年のORSC基礎コースでご一緒した小濵さんとの11年半ぶりの再会。2022年にインタビューさせていただいた戒能さんのその後のご活躍ぶり。「関係性の見える化をテクノロジーで行っていくことが野望」だと語る研究者・宮下さんの取り組みなど、すべてが刺激的でした。皆さんの「ORSC×組織開発×AI」の展開をますます注目していきたいと思います。(ORSCCのライター:大八木智子)