可能性を拓く新たな智慧「システム・インスパイアード」とは何か(前編)このなんとも定義できない考え方を、国境を越えて100人みんなで深めてみた。

2026年2月7日、日本時間午前10時。
日本、中国、そしてシンガポール、オーストラリア、ネパール、ニュージーランドなどAPAC地域のORSCer*1が、オンラインに集いました。

テーマは、可能性を拓く新たな智慧「システム・インスパイアード」とは何か。
(英題は Into the Heart of “Systems Inspired”)

「創始者マリタと対話を通じて紐解く」という副題のとおり、CRR GlobalおよびORSC*2の共同創始者であるMarita Fridjhonが登壇する、特別な機会となりました。

当日は100名を超える参加者が集まりましたが、実はもう一つ、大きなサプライズがありました。

もう一人の共同創始者、Faith Fullerが登場したのです。
長年ORSCに関わってきた人にとっても、二人が同じ場に立つ機会はとても貴重です。
会場は、嬉しい驚きに包まれながらスタートしました。

世界中に広がるORSCネットワークの中でも、日本・中国・APACのORSCerたちが国境を越えて集い、創始者二人を囲みながら、ORSCの根幹にある「Systems Inspired」という考え方を共に探究する——。

そんな濃密な90分のエッセンスを、MaritaとFaithが語った場面を中心にピックアップしてお届けします。
創始者たちの言葉や対話から、システムコーチングの根底に流れる思想や大切にしている価値観が見えてくるはずです。

いま世界で起きている混乱に意識が向いている方にとっても、何かのヒントになるかもしれません。

登壇した3人

学び続ける場としてのORSC

MARITA:
今日、こうしてお会いできて本当に嬉しいです。
(zoom画面から)皆さんのお顔を見ていると、今までにご一緒した方がたくさんいますね。
一緒にトレーニングしたり、スーパービジョンのプログラムを受けた方たちもいます。

私たちは学び続けています。到達点はありません。どこにいようと、私たちは毎日、成長し、経験し、進化しています。

コースを教えるたび、クライアントと関わるたびに、私たちはその人たちと同じくらい成長しています。
だから最終地点はありません。

今日は、Faithと私が皆さんから学ぶのと同じくらい、皆さんが私たちから学ぶ。
そんな学びの場として一緒にいてください。
それを今日の前提として置きたかったのです。


KEIKO:
ありがとうございます。場の感情フィールドがすでに変わりました。

Faith、何か加えることありますか?


FAITH:
今日こうしていられて、とても光栄だと感じています。

Maritaと私が開いた小さな入り口が、世代や国を越えて広がっている
それが皆さんへと受け継がれていくのを見ることができて、とても感謝しています。

ORSCの旅に参加してくれて、ありがとうございます。


KEIKO:
ありがとう。少し自己紹介させてください。
ナビゲーター役を務めます、村松圭子(KEIKO)です。

今日は日本のパートナー会社であるCRR Global Japanを代表してホストを務めています。
CRR Global Japanは14名の共同代表制で運営しており、13名がファカルティ、1名がアドミンです。

私たちは「システム・インスパイアード・マネジメント」と呼ぶ経営スタイルを取っています。

今日はこのコミュニティが一堂に会していることをとても嬉しく思うと同時に、コミュニティを代表して、MaritaとFaithに心から感謝を伝えたいです。

あなたたちが始めてくれたこの灯火に、私たちも関われていることに胸がいっぱいです。
私自身、コミュニティ、そして一人ひとりの人生にとっても、とてもインスピレーションになっています。ありがとう。


MARITA:
ありがとう、ありがとう。


「場の力」に導かれて始まったORSC

KEIKO:
ではMaritaとFaith、少し自己紹介をお願いできますか?


FAITH:
ここにいる皆さんは、私のことをもうご存じかもしれませんが。

私は心理学者であると同時に、私の人生の旅の中で最も大切な部分は、Maritaと共に、そして世界中のファカルティやパートナーの皆さんと共に、ORSCのネットワークを創り上げてきたことです。
今日皆さんにお会いできて、本当にワクワクしています。

この旅路の中で、私たち自身がどんな経験をし、何を収穫してきたのかを、今日は皆さんと分かち合えたら嬉しいです。
この旅は、私たちにとっても驚きに満ちたものだったのです。


MARITA:
そう、30年前に別にFaithと私が腰を据えて「これをやろう」と計画していたわけではありません。

実際のところは、世界の中で何かが生まれようとする場の力に引っ張られ、突き動かされてきたのです。

そのシグナルに従って動いていった末に、後から振り返って
「一体どうしてこんなことが起きたのだろう?」と思っている感じです。

私のバックグラウンドはソーシャルワークで、複数の学位を持ち、医療・精神医療システム、家族システム療法に関わってきました。皆さんと一緒にこうやっていられることは、いつも喜びです。

今、世界で起きていること、そしてこの場において、日本の感情フィールドにいられることは、とても癒しに満ちた、素晴らしい体験です。その包容力、楽しさ、笑いー。

いつもこの場に招いていただけることを、心から光栄に思っています。ありがとうございます。


「システム・インスパイアード」とは何か

KEIKO:
さて、今日の目的は二つあります。

一つ目は、ORSCの神話の起源、そのエッセンスとつながること。
二つ目は、「システム・インスパイアード」とは本当は何を意味しているのかを理解することです。

Maritaの著書『Systems Inspired Leadership』を翻訳しようとしたとき、私はとても苦労しました。
日本語に訳すことができず、「システム・インスパイアード」という言葉をそのまま残しました。
だからこそ、こうやって今日このコミュニティと一緒に探究できるのは、とても良いことだと思っています。


FAITH:
一つお伝えしておきたいのですが。

システム・インスパイアード・リーダーシップは、「正しい関係性(Right Relationship)」という言葉ととてもよく似ています。

正しい関係性が何なのかを、正確に定義することはできません。
同じように、システム・インスパイアードを100%理解することはできないのです。

それは、その瞬間に立ち上がってくるものだからです。

システム・インスパイアードなリーダーシップ、そしてシステム・インスパイアードなあらゆるものは、常に開かれていて、瞬間瞬間に変化していくものなのです。


KEIKO:
いいですね。では、いよいよ本題に入りましょう。
「システム・インスパイアードとは何か?」です。


第三の存在として立ち上がるシステムの知性

MARITA:
えぇ、このテーマに関して対話がどのように生まれてきたのかも、ぜひ共有してほしいと思います。

先ほどCRR Global Japanの運営についてKeikoから説明があったかと思います。
まさにそれはシステム・インスパイアード・リーダーシップの理想的な例といえます。
この点については、後ほどまた触れましょう。

『Systems Inspired Leadership』の翻訳を手掛けたYuri*3が私たちを訪ねてきたとき、彼女は本の翻訳作業の最中でした。
そこで「systems-inspired」という言葉が日本語には存在しないからどうしたらいいか、という長い対話がありました。

ただ、ここにいる全員に伝えたいのは、
実は皆さんはすでにシステム・インスパイアードを知り、実践してきているということです。


第三の存在*4のワークを思い出してください。

一方の声を聴き、もう一方の声を聴き、また一方、またもう一方と繰り返す。
そして最後に、二人が一緒に立ち、第三の存在として語る

この第三の存在こそが、私たちが今「システム・インスパイアード」と呼んでいる表現です。

それは、異なる声や役割を通して立ち上がる情報であり、
その集合的な声に耳を傾けない限り、アクセスすることはできません。

システムは、私たち一人ひとりを通して、あるいは場に与える影響を通してしか語ることができないからです。

「どこかに悲しみがある」「どこかに怒りがある」
それらはすべて、システムからのシグナルです。
しかしそれを表に出して見なければ、私たちは行動できません。

第三の存在について考え、第三の存在を通して働きかけるとき、
システム・インスパイアードとは、
一人、五人、国家、自然・・などの
あらゆる状況で表現されているものを扱う仕事なのです。

個人の争いや不一致に耳を傾けるだけでなく、システムの自然な知性が示す方向性によって行動すること。
それが、システム・インスパイアードな働きかけです。


複雑に絡み合う世界のシステム

MARITA:
ここで一度、立ち止まります。
うなずいている方が見えますね。

今、何を感じていますか?
どんな問いが浮かんでいますか?


参加者1:
私の中に浮かんできたのは、今アメリカで起きていることです。
とても複雑なシステムだと感じています。

アメリカ、世界、中国、APAC――
それぞれのシステムが、次にどこへ向かうのか。
最近ずっと、「次は何が起きるのだろう」と考えています。


MARITA:
とても良い問いですね。
それこそが複雑性です。
どこにも「一つだけのシステム」は存在しません。

どの国の中にも、複数のシステムが相互に作用しています。
システムは常に生まれてくるものであり、
ある部分が一時的に主導権を握っても、やがて別のシステムが動き出します。

どの国を見ていても、それは世界のどこか、あるいはコミュニティや政治的グループで起きていることのシステム的表現なのです。

今、多くの人が感じている疲労感は、こうした多様な表現が同時に存在していることから来ているのだと思います。


システムは「関係の間」に立ち上がる

FAITH:
システム・インスパイアードは、いつも同じところを指しています。
それは、システムの中にいる存在と存在の「間」に生きているものです。

関係性の「間」、そこから立ち上がってくるもの。
それが葛藤であれ、素晴らしい体験であれ、それは個人や存在同士のマトリクスから生まれてきます。

今のような混乱の多い時代には、
「自分はいま、どのレベルの構造の中にいるのか?」
と考えることが助けになります。

自分自身のシステムなのか、
パートナーや家族とのシステムなのか、
ビジネスなのか、国なのか。
そして国家同士、政治的な対立なのか。

それらすべては、フィールドで起きていることから立ち上がってくる現象です。
予測不可能でもあります。

もう一つお伝えしたいのは、私たち人間はとても短い時間軸の中で生きている、ということです。

人類の歴史という大きな流れの中で見れば、私たちの一生はほんの一瞬です。
国をまたぐようなシステムの流れは、何世代にもわたって続きます。

だから今のアメリカのように大きな混乱の中にいると、それがどのように立ち上がり、やがて収束していくのかを私たちは見ることができません。でもきっと収束していくのだろうと私は信じています。


私たちは「どのシステムと協働するか」を選べる

MARITA:
もう一つ大切なのは、常に複数のシステムが同時に存在しているということです。

私たちは選択できます。
自分の価値観、人類にとっての善を踏まえ、「どのシステムと協働したいのか」を選ぶことができます。

どれだけ訓練を受けていても、
どれだけお金を積まれても、
私は今の政治的構造の一部のシステムとは仕事をすることができません。

「では、私にできることは何か?」それを問うことです。

システム思考の中心には、常に複雑性があります。

クライアントとの関係で、あなたが見ているシグナルは何か。
どんなシステムの表現がそこにあるのか
それを一緒に探究することで、システム・インスパイアードな知恵が立ち上がってきます。


では、「システム・インスパイアード」という知性は、実際の関係性の中でどのように現れてくるのでしょうか。
衝突や対立の背後には、まだ聴かれていない声が存在しているのかもしれません。

後編では、その核心となる「第三の存在」に焦点を当て、関係性の中から立ち上がるシステムの知性と、私たち一人ひとりがそれにどう関わることができるのかを探っていきます。

(*1&2)ORSC: Organization and Relationship Systems Coaching; 通称システムコーチング
              ORSCer: ORSCを学び実践している人
(*3)Yuri: CRR Global Japanを始めた森川有理さん。
(*4)第三の存在:ORSCプログラムで扱う概念で、2人以上の関係性やチーム、組織が生み出す「独自の存在」。詳しい定義は下記参照。