【後編】目指すは「森林」の体現

現場主導で実践を積み重ねるYKKの組織開発 / YKK株式会社
【前編】まさに自分が求めている場だった
【中編】ORSCerの自分と秘書としての自分のギャップ
【後編】目指すは「森林」の体現(今この記事を読んでいます)
YKK株式会社で組織内コーチとして活躍する今井悠乃さんと枝光正江さん。現場主導で組織開発や変革を推進する取り組みと、その背後にある想いについてお話を伺いました。現場からの積み上げによって生まれる変化。その実践から見える、これからの組織づくりのヒントに迫ります。
手探りで展開する「ゲリラ戦法」
――これまでORSCで学んだことや体験されたことを伺いましたが、実践コースの時に取り組んだお二人のワールドワークプロジェクト*1についても伺えますか?
*1 ORSCの知恵を使い、目の前に起きているさまざまな問題・課題に働きかけ、より良い関係性(Right Relationship)を共に作ろうとする取り組み
今井さん:私のワールドワークプロジェクトは「遊び心があるYKKになる」です。イメージでいうと、弊社のロゴは青く角ばっているのですが、その文字が赤やピンクやオレンジ色になって飛んでいるような形で、周りにお花が咲いている感じです。

弊社は良い意味でとても真面目なんです。それはそれで良いのですが、遊び心がもう少し入ると良いなと個人的には思っています。
枝光さん:私のワールドワークプロジェクトは「関係性の輪が広がること」です。タンポポの綿毛がふわーっと飛んで行って、また次のところでお花が咲いて、関係性が広がっていく、そんなイメージです。
――では、お二人の組織としてのワールドワークプロジェクトはどのようなものなのですか?
今井さん:実はそのことについて二人で話したことがないんです。他の企業の場合、組織開発を専門とする部署があって、未来図が描かれていると思いますが、弊社の場合はゲリラ的に「人が足りないから枝光さん入って」という形で(笑)。
ORSCの次は、AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)を学びに行ってみようかという風に、未来図を描かずに、その場その場で必要なものを今ロールプレイングゲームのようにかき集めている状態なんです。
社内でコーチングを始めた当初、当時の上司から「実績を積み上げたら、最終的にそれが形になっていく」と言われたので、今は実績を積み上げることに必死なんです。そういう意味では「実績を出そう」という共通認識はあります。
ORSCを実施する前と後とを比較して、「関係性の質」が上がっていることを数値化して見せたり、参加者のコメントを集めることで、効果が上がっているところを実績として積み上げようとしています。
枝光さん:ORSCに関心を持ってもらうために、「部内のコミュニケーションや関係性のズレをほどきながら、チームの力を引き出すためにシステムコーチングをやってみませんか?」と同僚や社内の知り合いに声をかけたり、会議で発表させてもらったり、部門単位で説明会をして募集をかけたりしています。色々なやり方を模索しながら実施しているんですが、やってみては「こちらの方がよかったね」と話しながら進めています。

今井さん:特に専門職の方は、個人商店の集まりのような感じなんです。セッションをした時には、「そもそもチームってなんですかね?」という声が多発しました。そのため、その部門のトップの取締役と話をして「上の層からやりたいです」「この部門全体で目的を掲げていただけると、システムとしての共通の目的、アイデンティティがそこに確立されます」とお願いをしたりと、本当に手探りで、ゲリラ戦法を続けている感じです。
「やればよかった」というのが一番嫌
今井さん:これまで2022年から23年で国内6チーム、海外3チーム。24年は国内8チーム、海外3チームに実施しました。25年は開始予定も含めて国内8チーム、海外1チームで、合計29チームに関わっています。
すでに終わったチームだけで125人が参加、準備時間を除いたセッションの時間数は234時間です。われわれ営業許可はもらっているんですが、営業ルートはないんです。なので自分たちで営業して、自分たちでクライアントを見つける形で。上司には社内で勝手に起業したと言われています(笑)。
その中でも印象に残っているチームは、表面的には良い感じなのですが、どこかランク*2の探り合いがあるようなチームで。「関係性の4毒素」*3というワークをしてみたのですが、それが少し裏目に出てしまったんです。
*2 社会的な地位や役職、年齢、経験値など、持っているパワーの高低差のこと
*3 人間関係を壊す毒素には「非難」「防御」「侮辱」「無視・逃避」の4つがあるという、ジョン・ゴットマン博士が提唱した考え方
枝光さん:彼らが自分たちの現場に戻った時にセッションで出てきたORSCの用語を多用したことで、ぶつかり合う感じになってしまったんですね。本来目指すべきところになかなかなか一緒に行けなくて。
その中の1人が、「私はこういう風に思っている!」と自分の中にある言い出しにくい想いを声に出し始めてくれて。その時、事務局としてその場にいた今井さんが「これ全部、枝光さんに向かって言ってください」と言って、自然にアライメントコーチング*4が始まったんです。そこから皆さんが、その時思っていることを率直に言葉にしてくれたんですが、その場に立ち現れたエネルギーがすごくて。
*4 チームやパートナーシップでの目標認識のズレや価値観の違いを調整し、協働し合える関係を生み出していくコーチング
今井さん:声なき声が出て、やっと相手に想いが伝わったんです。「もっと前に言ってくれれば良いのに」という声に対して「ランクがあって、言えないんだよ」という声も出て。この関係性の中にどんな声があるのかという理解が進んだというのはすごくありましたね。それですっきり解決というわけにはもちろんいかないんですけれども、声を出すことによって1回壊して作り上げるというか。そのプロセスを踏めたことがとても大きかったと思います。
振り返ってみると、弊社は思っていることを声に出すという文化が強くはなかったので、6回のセッションの中でなかなか何かにいきつかないという課題がありました。さらに何かに行きついたとしても、それをどう行動に移していくかというところのフォローがわれわれにはできないので、今外部の方にサポートに入ってもらって、実験中です。色々手探りですが、やらない後悔の方が嫌なんです。後から「やればよかった」というのが一番嫌なんですよね。
枝光さん:今、外部のコーチと、外部の方でODコンサルの資格を持っている人と私の3人で新しい場づくりを試みているんです。その中で課題として感じているのは、最初にトップから降りてきた話を現場のリーダーたちがきちんと理解して受け止め、自分の言葉に変えて伝える力がとても大事だということ。そして、そういったリーダーたちと私たちコーチがしっかり目線を合わせていなければ、現場を「正しい関係性を作る方向に導く」のは難しいということです。
必要なのは心理的安全な場
――すごいチャレンジをしていらっしゃいますね。その手探りの中で、お二人が願っていることは何ですか?
枝光さん:今よりももっと「言いたいことが言える会社」になったら素敵だなと思っています。自分が思っていることや感じていること、考えていることが言えて、否定されない、安心できる場所です。「そういう考えもあるね」と受け止めあえたり、建設的に物事を運べるような場ができたら良いなと。
今井さん:今、枝光さんが言ってくれたのは、心理的安全な場のことだと思うのですが、気遣いが遠慮になってしまったりということもあるんですよね。
内部のことを褒めるのはどうかと思いつつ、弊社の役員は素晴らしい人たちが揃っているんです。実は昨年、CRRのファカルティに当時の社長を始めとした経営メンバーに対してORSCのセッションをしていただきました。この役員の方々のエネルギーとかパワーをみんなに知ってもらって、役員たちのように支え合うシステムが多発してほしいなと思っています。


枝光さん:弊社は創業一代で築き上げたのですが、創業者が探求心やものづくりへの情熱があるすごく熱い人なんです。いろいろな人とセッションする中で、もしかしたら皆さんが「YKK」というものに慣れてしまって、誇りを持てなくなっている人もいるんじゃないかな? って感じることがあるんですね。
でも、弊社のジッパーやファスナーにはすごい技術が詰まっていて、そのジッパーやファスナーが世の中の人を助けている。そのことにもっと誇りをもってほしいんです。そのためには、本来の自分に還っていくような何かが必要ではないかと思っています。
“大樹より森林の強さ“を
今井さん:それを聞いて思ったのは、社員が目の前の業務や数字を挙げることに懸命になって、夢が語れなくなってしまっているときもあるのではないかと思います。弊社には「森林」という考え方があります。これは創業社長、吉田忠雄の言葉なのですが、
「YKKは『森林』です。全員が手を携えて一緒に大きく育っていきます。まんべんなく太陽の恵みを受け、一緒に雨風に立ち向かっていかなければなりません。もちろん森林のなかには、経験を積んで年輪を重ねた太い木も、若くて細い木もあります。背の高い木、低い木もあります。人によってそれぞれの個性によってその得意とする能力を発揮して上手に働き、だれに支配されるものでもなく一緒に前進します」
と語っているんですね。まさにシステムコーチングの目指すところだと思います。
枝光さん:さらに付け加えると、弊社には「善の巡環」という企業理念があって、これは「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない 」という考えです。自分が誰かのためにした“良いこと”が巡り巡っていつか自分に返ってくるために「自分自身で何ができるのか?」を考えて動く。ただ、それは一人だけではできないことで、人と人との関係性が連なっていく中で、初めて良い方向に動き出すものだと私は思っています。
「善の巡環」も「森林」も理念としては大事にしていても、どこか額縁に飾られている言葉になってしまっていないかな? って見直し続ける必要があると思うのです。きっとコロナが終わった今だからこそ、改めてそこに立ち返る意味があるんじゃないかって思います。

――最後に、今後ORSCを使ってどのようなことをしていきたいですか?
今井さん: 先日、ORSCを受けた弊社役員のインタビューを動画撮影したのですが、社長が「エッジが」と話したり、CFOが「第三の存在がね」と話す様子を聴いて、ぐっときてしまって。これらを共通言語として持っていたら、もっと会社は良くなるんじゃないかと思ったんです。YKKが大事にしてきた「森林」を体現する方法の1つが、システムコーチングだと思います。
改めて、役員がORSCを通じた取り組みに意味があると考え、社員にも勧めていくれているのが大きいと思うんです。会社の後押しと仲間づくりは本当に大事だと実感するこの頃です。

▼YKK株式会社
▼YKK AP株式会社
https://www.ykkap.co.jp/
【編集後記】ORSCを活用し、現場から変革の風を起こす今井さんと枝光さん。CR(合意的現実レベル)が強い今井さんと、ドリーミングが強い枝光さんがタッグを組み、外部のコーチにも協力を仰ぎながら変化を積み重ねていくプロセスには、多くの示唆がありました。「森林の木々のようにそれぞれの個性を活かして、自律的に成長する活力あふれた組織」。そんな“森林”の思想を体現するお二人の挑戦は、組織開発に向き合うすべての人にとって、希望と実践のヒントになると思いました。(ORSCCライター:大八木智子)