リモートワーク時代にこそ必要な信頼関係の土台/ 「関係性の4毒素」から組織を紐解く

2020年4月からCRRグローバルジャパンはORSC Laboを本ウェブサイトにスタートさせました。ORSC(組織と関係性のためのシステムコーチング)を伝える役割を担う9人のファカルティが、システムコーチングの世界観、概念、ツールなどをご紹介しながら、現場での事例を交えて「社会の今」を紐解いていこうという試みです。第2回目のテーマは「リモートワーク時代にこそ必要な信頼の土台」と題して、チームや組織の課題について一緒に考えてみたいと思います。

見えない環境ゆえに積もるイライラ

2020年5月現在、日本では緊急事態宣言が続いている状況です。多くの企業がリモートワークという形で施策を進め、それぞれが自宅にいながら仕事を進めていくという新しい働き方が促進されています。沢山のメリットを再発見すると共に、いきなりのこれまでと違う働き方、特に家の中で働くことに、難しさや葛藤もあるのではないでしょうか。

プライベートにおいても、新緑が燃え盛り、温かく爽やかなこの春の季節に、どこにも行けないもどかしさがあります。小さな子供がいる家庭では、子供たちの勉強のケアも必要です。子供が泣きわめくとなると、きっと仕事どころではないでしょう。私もその一人です。あるマンションにお住まいの方からは、子供の足音で下階から苦情が来て、もう精神的に限界という話も聞きました。家の中で誰かが電話会議中の時は、家全体が音を出さないような緊張感も誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。コロナウィルスの影響で、色々なストレスが積りに積もっている状態、頭で理解できても、心の余裕が無くなっている自分に気がついている方も多いことと思います。

みんな精一杯頑張っているにもかかわらず、こうしたストレスが重なり合い、増幅されていくことで、仕事の文脈において思わぬ問題を引き起こしはじめています。

「あいつは本当に仕事をしているのか」「メールの返信が遅い」「ちょっとした相談がしにくい」「新人社員としてどう仕事をすればいいのかわからない」「あの部署、一体何やっているの」「リモートワークはいいけど、本当に成果につながるのか」といった現場の声をより耳にするようになりました。

結果として、リモートワークは難しい。生産性が上がらない。誰かが役割を担い続けて疲弊してしまう。または、全く仕事をしないフリーライダーも生まれてしまいます。結局のところ、お互いが疑心暗鬼になり、組織としての生産性も落ち、信頼関係やモチベーションも下がるような事態を招いてしまいます。

システムコーチの見立てと支援のアプローチ

こうした組織問題に対して、私たちシステムコーチはどうアプローチしていくかお伝えします。まず、大きくハードとソフトの問題に分けて考えてみましょう。リモートワークを実践していく上での組織の問題を見立てた時に、おそらく「制度」や「ITツール」といったハード的な仕組みで何が起っているのかを考えていくことができます。もちろん、これはこれで重要な課題ですが、特に私たちシステムコーチが見ている切り口は、「組織の中にある感情」といった目に見えにくいソフト的な切り口で、何が起こっているかを見立てていきます。特にスピード感を持って変化・変革が進んだ時こそ、仕組みや制度の構造化が優先され、組織の中にある感情や人と人との関係性といった問題は置き去りにされがちです。

ちょうど先日、NHKのニュース番組で放送されていた、今年の2月から全社員リモートワークを実践しているサイボウズ株式会社の青野社長の話が印象的でした。青野社長はリモートワーク(テレワーク)を成功させるには大きく3つの要素が必要であり、1番目は制度、2番目はツール、そして最も大切な要素として3番目に風土という要素を挙げていました。お互いを信頼し合える関係づくりが最も重要ということで、まさに私たちシステムコーチが大切にしている領域と重なる部分がありました。土台となる信頼関係をいかに醸成していくか。リモートワークの時代だからこそ、ここに着眼して支援していくことが重要です。

関係性の4毒素

では、具体的にどのように私たちは組織・チームを支援していくかというと、一つのアプローチとして「関係性の4毒素」という知恵を使ったシステムコーチングを実施することがあります。関係性の4毒素とは、夫婦・カップルの関係性、コミュニケーションについて40年以上にわたる科学的研究で世界的に有名なジョン・ゴットマン博士が提唱する考え方の一つです(*)。彼は、あらゆる人と人との関係性に決定的にダメージを与える行動として、次の4つを挙げています。

関係性の4毒素

○ 非難
(乱暴な攻撃、弱いものイジメ、とげとげしい始まり、恒常的な厳しい批判、押しつけ)

○ 防御
(他者からの影響に心を閉じる、話題をそらす、向き合わない、頑になる)

○ 侮辱
(見下し、こき下ろし、敵意のある噂、間接的攻撃、無礼、軽視、屈辱的な言葉)

○ 無視/逃避
(他者からの影響に心を閉じる、回避、非協力的、消極性、上の空、追従、遠慮)

リモートワークという環境変化に伴い、もしこのような4毒素が組織・チーム内に蔓延していくとすると、関係性の質は致命的に悪化し、成果の質も確実に落ちていくでしょう。まずは、普段のリモートワークでのコミュニケーションや、それ以前からも続いているような毒素をメンバー全員で探求していきます。どんな毒素が蔓延していそうか。こうした毒素が人や組織にどう悪影響を及ぼすのかを、チームの皆さんに実感してもらいます。

たとえば、これまでは同じ職場にいることで、何気ない世間話や対話の余裕があったのが、リモートワークになることで、業務の事柄、成果、数字だけのやりとりが増え、チェックや報告がメンバー間のコミュニケーションの中心になっていることを、以前にもまして耳にします。こういった環境においては、効率的なコミュニケーションが重視されるため、指示や命令といったやりとりが増え、「メールの返信が遅い」「リモートワークでは成果があがらない」といった仕事に対する「非難」の毒素を上司がメンバーに対して出してしまうケースは、よくあることです。

さらに感情が増幅されると「あいつは本当に仕事をしているのか」「一体、あの部署は何をやっているんだ」「あそこは使えない」といった相手を見下すような「侮辱」の毒素も起こり得ます。また、コミュニケーションの中でこうした「非難」や「侮辱」の毒素の割合が増えてくると、必然的に他者からの影響を閉ざすような「防御」のコミュニケーションも増えてきます。「それはできません」「リモートワークの環境では絶対に無理」と頑に否定や拒否するような言動はまさに「防御」の毒素と言えます。

ほかにも例を挙げると、今年の4月に入社した新入社員の皆さんにとっては、会社という組織の中で仕事をしていくこと、上司や同期と関係性を創っていくことに対して、まだ経験値がありません。そんな彼らがいきなりバーチャルだけのコミュニケーションの世界に入ったことによって、いっそう「こんなことを聞いたら失礼ではないか」「わからないことをなかなか言い出しづらい」といった、遠慮や消極性といった「無視/逃避」の毒素が、蔓延しているかもしれません。

私たちシステムコーチは、こうした毒素を扱う時、いきなり個人の問題として扱うと、心理的障壁がかなり高いため、まずは主語を組織・チームにして対話をはじめます。組織・チームを主語とした時に、この4毒素がどんな時に現れるのか、組織・チーム内にある関係性を破壊してしまう言動を、あえて毒素という言葉を使いながら、所々遊び心で笑いも入れつつ、メンバー全員で「こういうのあるあるだよね〜」といった雰囲気で理解と自覚をしていきます。

そして最終的に、こうした毒素はある意味「不器用な表現」であり、その裏には願いや恐れが潜んでいることも教育していきます。たとえば、日々報告書や数字のチェックのコミュニケーションに追われ、メンバーから期待値に合わない内容が来るとついつい「非難」を出していた上司を考えてみましょう。その上司の背後にある願いは、「しっかりと成長してほしい」「自立してほしい」というものがあるかもしれません。それを単に不器用に表現しているとお互いが自覚できれば、毒素を出さない別のコミュニケーションが生まれてくるはずです。このように、メンバー同士が、自分たちが出している毒素に自覚的になること、さらに意図的に毒素を出さず、その裏にある想いをしっかりと伝えていくことに全員が合意していくことで、少しずつ組織・チーム内の関係性は整いはじめます。

ファカルティから一言

システムコーチングは、「自分たちの組織・チームに何が起こっているのか」「何が起ころうとしているのか」そこに意識を向けて関わっていきます。今回の4毒素のアプローチも、組織・チームの一人ひとりが、自分たちの組織に蔓延っている目に見えにくい負のエネルギーを、より見えやすい形で自覚化することで、自ら修復していくことにつながります。問題をコーチが無理に解決するのではなく、自ら気がついていくことが持続可能な変化につながると信じて今後も支援していきたいと思います。

*ジョン・M・ゴットマン、ナン・シルバー著、松浦秀明訳『結婚生活を成功させる七つの原則』第三文明社、2007年