私から始める「信頼社会共創プロジェクト」ORSCC松枝修さん

プリンシプル・エグゼクティブ・コーチング研究所 所長/ ORSCC松枝修さん

このまま安住の地にいてはダメだ

現在、プリンシプル・エグゼクティブ・コーチング研究所で、主に1対1のエグゼクティブコーチングと、ORSC(Organization and Relationship Systems Coachingシステムコーチング)を使ってエグゼクティブ向けのチームコーチングをおこなっています。クライアントは大企業のトップや経営層や、志のあるNPOのリーダーなどです。

大学卒業後はリクルートに入社し、経営者への営業、社長秘書、エグゼクティブサーチなどをしていました。入社20数年目に初めて転職。野村総合研究所でエグゼクティブコーチングビジネスを立ち上げました。社会的評価も高く、居心地の良い会社だったのですが、約2年で卒業することにしました。

なぜ卒業したかというと、エグゼクティブコーチングをするにあたり、自分自身がこのまま安住の地にいてはダメだと思ったからです。温かい部屋から、寒い中、吹雪の中にいるような経営者に対してコーチングをするのは少し違うのではないか…と。自分自身も同じ環境に身を置くことが大事だと思い、独立しました。

何も実績がないままビジネスを始めたのですが、一つひとつ掴んだチャンスを大事にしていくと、リピートして下さったり、次の方をご紹介下さったり。おかげさまで、初年度から順調にビジネスは拡大していきました。

もしクライアントに「信頼」していただけたことをあげるとしたら、クライアントと同じ立場、同じ境遇にいる“同志”=対等なパートナーとして見ていただけたのではないかと思います。アドラー心理学で言う「共同体感覚」のようなものがあったのかもしれません。

人と向き合うことは、自分と向き合うこと

ORSCを学び始めたのは、エグゼクティブコーチングをおこなう中で、経営者だけではなく、経営チームも変わっていかないと組織は変わらないと思ったことがきっかけです。初めは学んでいる内容の本質的な意味が理解できておらず、正直、型どおりにやっていた感じがします。

例えば、システム(関係性)に表れるシグナル*1を紐解くとか、そのシグナルを増幅してみて気づきを深めるとか。一般のビジネス社会では違うかもしれませんが、ORSCのコミュニティでは自分を “左脳派”だと認識しているので(笑)、ロジカルでないものに対しては半信半疑でした。

*1 私たちが情報を送ったり受け取ったりする際に表れるもの。例えば、ため息や拍手、身体に感じられる感覚や症状など。

それが、ORSCを何度も何度も経験していく中で、自分の枠組みや思い込みに気づいたんです。ORSCでは体を使ってワークをすることがありますが、「体」や「五感」が大事なものとしてあることがだんだんわかってきました。これまで頭で考えることが主体でしたが、人らしいところや人が本来持っているパワーが出てくる源はそこにある、と気づきました。

ORSCを学んで思ったのは、「人と関わることなくして、人として磨かれない」ということです。人との関わりに向き合うことは、実は「自分と向き合う」ことにつながります他者との違いを通じて、自分というものが沸き上がってきます。ますます世界が多様化しているところもあるので、この世界を生きていくためにはORSCの知恵を持っていると、より生きやすくなると思います。

土台は「誰もが信頼のプロである」

現在取り組んでいる私のワールドワークプロジェクト*2は、人と人とを強い信頼関係でつなぐこと、最終的には、信頼社会を皆が主体者となって共創することです。「信頼社会共創プロジェクト」を立ち上げ、生活・教育・企業活動などあらゆる場所で信頼をつくり合う社会を目指す活動を行っています。

*2 ORSCの知恵を使い、目の前に起きているさまざまな問題・課題に働きかけ、より良い関係性(Right Relationship)を共に作ろうとする取り組み

「信頼ワークショップ」でファシリテーションを行う松枝さん

土台にあるのは、「誰もが信頼のプロである」という考え方。「信頼」については、誰とでも話ができます。会社では、一般社員でも、社長でも、誰とでも話ができるテーマです。高校生や中学生とでもできます。その理由は、皆、信頼については生まれた時から、常に接しているからなんです。

人は皆、人生を通じて裏切られたり、信じられたり、いろいろな経験をしていく中で、信頼は生きる上で欠かせないものであることを知っています。だから「誰もが信頼のプロ」だと伝えています。


大事にしているのは、私からつくる信頼

「信頼社会共創プロジェクト」を始めたのは2020年。ある大手企業の社長とエグゼクティブコーチングの中で、「年頭挨拶をどうするか」というテーマで話をしたことがきっかけでした。お客様の信頼を獲得するとか、さらに信頼を回復するといった話が出た時に、「(社長自身が)周囲の人と本当に信頼をつくろうと思っていますか?」「信頼をつくることを本気でやりますか?」という問いを投げかけたんです。

そこから、信頼をつくるにはどうしたら良いかを真剣に探求していくことになったんです。その話の流れで信頼を考えるプログラムを作ることになり、その会社の経営チームでもワークショップを実施することになりました。

まずは、「信頼を創る上で大事なことを100個考える」という事前課題を出しました。その取り組みを「TRUST100」と呼んでいます。多忙な社長に対して「100個考えて来てください」というのは、社員ではない、外部のコーチだからこそ言えること。考えることが大事で、簡単に答えが出てしまっては意味がないと思い、100個にこだわりました。

お互いに「TRUST100」を共有し、そこから自分が信頼をつくる上で大事にしていることを「7つの原則」として、それぞれの方にまとめてもらいました。ここで大事にしているコンセプトは、「私からつくる信頼」です。

共同作業の結果として生まれる信頼や苦難を乗り越えて信頼が高まったというような結果としての信頼ではなく、「信頼は自分からつくることができる」というのが、この信頼プロジェクトの根幹にあります。ここは最も大切にしているところです。

個人コーチングとORSCの間にあるのが「信頼」

ワークショップの中で、皆さんに自分の言葉で「7つの原則」を作っていただいてから、関係性のプロが考えた信頼に関する知恵として「7つの基本原則」を紹介しています。これはCRR Global Japanのファカルティーである佐藤扶由夫さん、元ファカルティ―の森川有理さん、私の3人で作ったものです。

信頼に関する知恵をまとめた「信頼関係における7つの基本原則」


一番初めに「『信頼関係は、あなたと築きたい』という気持ち・覚悟から始まる」という一文があるのですが、特にこの「覚悟を持つ」「自分が相手を信頼することから始める」というところが、このプログラムで大事にしている哲学です。

その上で信頼関係をつくるには、次の3段階があると考えています。まずは、自分が相手を「信頼する」こと。次に相手から「信頼される」こと。結果として、お互いに「信頼し合う」こと。この3つのステップを辿ることで信頼関係ができると考えています。

信頼関係をつくる上で大切な「信頼関係における3つのステップ」

最初に触れた通り、私はエグゼクティブコーチングとエグゼクティブ向けのチームコーチングをしています。顧客への提供価値は、リーダーシップ開発と組織のリレーションシップ(関係性)向上ですが、その重なりにあるのが「信頼」です。個人で言えば「信頼されるリーダーになる」という文脈ですし、チームで言えば「信頼関係のあるチームをつくる」という文脈になります。このように、個人コーチングとORSCの間にあるのが「信頼」だと思っています。

信頼ワークショップは、一般企業、NPO、コーチングを生業とする方々など延べ200人以上に受けていただきました。その結果、今まで実施してきたどんなキャリア研修やマネジメント研修などよりも、受講者からの満足度が高かったのです。

このワークショップを通じて、「信頼について意識するようになった」という変化が起こり、「相手を理解できるようになった」「気軽に相談してもらえるようになった」「お客様と本音で話せるようになった」といった関係性の質が上がった事例がいくつもありました

相手が大事にしていることを理解できず…

信頼ワークショップでは、信頼を失った経験について話してもらうのですが、まさに私自身、過去に苦い経験がありました。以前リクルーティングの営業の仕事をしていた頃の話です。

メインクライアントである企業のパンフレットの制作を手伝うため、その企業の会長とある有名人が対談するのに同席しました。詳細は控えますが、その場にいたカメラマンの行動に対して、クライアントである担当者が対談後、「会長に対して失礼だ」と激怒されたんです。

実を言うと、私の中でそのカメラマンの行動は少し気になる程度だったのですが、仲人をしてもらうなど会長に大変お世話になっている担当者にとっては、許せない出来事だったようです。

もう出入り禁止になりそうな雰囲気で、その後すぐ会社に戻り上司に相談し、もう一度謝りにいくことにしました。その担当者がどこにいらっしゃるか方々聞いて回ったところ、お寿司屋さんにいることが判明。お店から出て来るのを待ち、頭を下げて謝ったことがありました。

その時、自分が大切にしたい人が「大事にしていること」を本当に理解できていなかった…と気づいたんです。結果的に、この謝罪によって信頼関係は強くなったのですが、信頼の大切さを痛感した出来事でした。

興味あるORSCer大募集!

「信頼社会共創プロジェクト」を進めていくうちに、「この行動は信頼につながるのか?」と常に信頼を意識する筋肉がついたように思います。信頼行動は、365日、24時間行うことができます。信頼は、いつでも、どこでも、誰とでも、どんなことであっても深めることができると考えています。

人間関係の最重要基盤である「信頼」


今後ですが、この「信頼社会共創プロジェクト」の取り組みをさらに広げていきたいと思っています。2023年には、信頼社会共創プロジェクトチームの仲間と下記の論文を書きました。

「信頼をつくるということ」―主体的信頼創造の可能性
(論文をご希望の方は、松枝さんにご連絡ください)


また、同年秋からは、この信頼に関するプログラムを届けるメンバーが10人に増えました。実はメンバーのほとんどがORSCerなんです。このプログラムは、ORSCの導入編にも使えますし、もしORSCが5回シリーズであれば、その途中に入れることもできます。

このプログラムのファシリテーションを行うには、ORSCerの持つスキルと関係性の知性が役立ちます。ここからさらに広げていきたいと思っていますので、ORSCerの中で興味がある人がいたら、ぜひコンタクトして欲しいです。

熱い思いを持った「信頼社会共創プロジェクト」のメンバー


▼松枝さんの連絡先はこちら
osamumatsueda@epresence.jp

▼プリンシプル・エグゼクティブ・コーチング研究所
https://www.principle-exec.com/

【編集後記】ORSC資格コース(実践コース)の「月読コーホート」で共に学んだ松枝さん。目の前の方とのご縁を大切に育んできたからこそ、クライアントとの信頼関係があるのだと感じました。営業の仕事をしていた時にお寿司屋さんまで謝りに行った話は、「『信頼関係は、あなたと築きたい』という気持ち・覚悟から始まる」を体現していて、あっぱれでした!(ORSCCのライター:大八木智子)