ティール組織の視点から見た「パーパス経営」
去る4月27日、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授の嘉村賢州さんをゲストに迎え、『現場の物語から始まるパーパス経営へ 〜ティール組織の視点から「組織内チームコーチ」の存在意義を深める〜』と題してオンライントークイベントを行いました。対話者は、CRR Global Japan共同代表 兼 ファカルティの島崎湖と原田直和です。
嘉村さんはフレデリック・ラルー著『ティール組織』(英治出版)の解説者で、弊社が昨年スタートしたミドルマネージャーをサポートする「組織内チームコーチ養成プログラム」*のゲスト講師としても参画していただいています。また、こうしたトークイベントに登壇いただくのは3回目です。
昨今、組織の中にチームコーチがいる必要性が高まってきていることを感じると共に、「組織内チームコーチはどこを目指しているのか」をもう一度立ち止まって考える時に来ていると感じています。
そこで、今注目されている「パーパス」×「ティール組織」をテーマに嘉村さんからお話を伺い、その後、嘉村さん、島崎、原田の3人でティール組織の視点から「組織内チームコーチ」の存在意義について一緒に考えていきます。
*現在は開催しておりません(2023年6月現在)
【解説編】と【対談編】に分けてお送りします。
【対談編】〈ティール組織×システムコーチング〉組織の中の一人ひとりに火を灯していく
【解説編】ティール組織の視点から見た「パーパス経営」
目次
特徴は、自主経営・全体性・存在目的
嘉村さん:従来、組織は上が現場の仕事をモニタリングして、フィードバックして、マネジメントするという機械論的な管理マネジメントでした。機械を整備するように、人の集まりも整備していくというやり方です。
ティール型は、そもそも組織というのは機械ではなく「生命体」という考え方で運営されていることが多く、「有機的なものとして扱っていこう」というものです。
ティール組織には3つの特徴があります。「自主経営」「全体性」「存在目的」です。
1つ目の「自主経営」は、物事を上下関係で動かさない新しい組織構造です。従来型のトップダウンやヒエラルキーという組織構造ではなく、フラットでもありません。
2つ目は「全体性」です。本当はありのままの自分を職場で表現できると良いのではないか。むしろ、そのほうがリラックスして喜びをわかち合ったり、トラブルがあった時に励まし合ったり、本当の人間の潜在性を引き出せるのではないか。「ありのままの自分が出せるのか」というのが全体性で追いかけているところです。
そして、3つ目が今回のキーワードである「存在目的」です。英語では、エボリューショナリー・パーパスと言います。
ティール組織の事例では、中長期事業計画みたいなものや、ミッション・ビジョン・バリューみたいなものを掲げているところは結構少ないです。そういうものを掲げずに、事業内容や組織構造をどんどん変化させながら歩んでいる組織が多く、進化し続けているような状態を表わして「存在目的」と呼んでいます。
このあたりが掴みにくいところでもあるので、今日はそこにフォーカスを当てていければと思っています。
トップダウン型とボトムアップ型の統合
組織論や組織作りはいろんな分野の研究者が唱えていますが、大きく分けて2つのタイプがあると言われています。
1つが「トップダウン型」です。スティーブジョブズやイーロンマスクのようなカリスマ経営者がビジョンや戦略を見事に指し示し、それに基づいてトップダウンでマネジメントしていく。これはすごく推進力はありますが、同時にちょっと人間性がないというか、疲弊していくような人が現れやすいという組織構造でもあります。
そのアンチテーゼではないですけれども現れてきているのが、「ボトムアップ型」や「分散型」と呼ばれている組織構造です。こちらは多様な人たちの価値観、多様性を大事にしながらも人間らしく運営していこうというものです。一方、マイナス面で言うと、せっかく100人、1000人集まっても好き勝手やっていて、バラバラ感があるというのが特徴です。
ティール組織は、ボトムアップ型、分散型に分類されることもありますが、それは誤解です。この「トップダウン型」のパワーと「ボトムアップ型」の人間性みたいなものが統合されたものがティール組織だと理解していただけると嬉しいです。
その際にキーとなるものが3つあります。1つ目が「生命体的な世界観で運営されている」ことです。
2つ目が今日のキーワードである「パーパス」です。よくあるのが「自律分散型組織にしたら、指示命令がなくてもどんどんアクティブに動くんですよね。だから導入したいです」とおっしゃる方がいますが、ティール的にはそれは絶対に不可能です。
皆が誇りに思えるような「向かいたいと思えるようなパーパス」があるから、階層構造がない自律分散型の組織ができるのであって、パーパスというのは生命体的なものを作るには欠かせない存在です。
3つ目が「人間愛」です。人と人が本当に尊重し合って、人を大切にする価値観があるか。
この3つがあった時に、「トップダウン型」の推進力と「ボトムアップ型」の人間性を統合した進化型組織が実現できるのかなと思います。
ティール組織においては、上司は人ではなく「パーパス」に変わっていくと言います。会社に属すると、その時に配属された上司やもっと上の層から「こういう仕事をやって下さい」と言われます。何か新しいことをやりたかったら上司や経営層に提案して、承認が下りたら動かすことができるという、基本的に上下関係で動くのが今までのやり方でした。
ティール組織においては、そういう存在は置きませんし、皆、同じような立場です。その時何に基づいて日々自分で意思決定していくかというと、「パーパスの存在」です。「パーパス」に基づいて、現場の一人一人や現場チームが自ら決めて行動していくというのがティール組織になっていきます。
企業のパーパスが似てきていないか?
2014年に英語で出た『ティール組織』にはパーパスがすごく大事と書かれていますが、パーパス経営で言われているパーパスの使い方と、フレデリック・ラルーが言っているパーパスの使い方は少し違っています。
ここ数年、パーパス経営がブームになっているので、私もいろいろなパーパス経営系の書物に目を通していますが、そこから概ね3つのパターンが見えてきました。
1つ目のパターンは、ミッション・ビジョン・バリューの焼き直しです。
それをしっかりと明文化して共有することで、一致団結して同じところに向かっていける、そして企業として歩みやすくなるということが語られている文脈が一つあると思います。
2つ目は、「社会貢献」という文脈です。
ビジネスを通じて社会貢献ができないか、社会課題を解決できないか、いわゆる社会課題をセンターに持ってくる考え方で企業経営をしていこうとする考え方です。最近では「私たちはSDGsにチャレンジします」といったことを掲げる組織が増えてきています。そういう文脈で、パーパス経営だと言っているような方々もおられます。
3つ目の文脈が「ステイクホルダー」です。
「一つの企業が実現できるレベルではなく、多くの企業が手を携え合わない限り実現できないような世界を作っていきましょう」、「それぐらいの社会課題に皆で一致団結して取り組んでいきましょう」というような、大きなビジョンのもとに集って行うビジネスをやっていくことがパーパス経営だと言っている人たちもいます。
これら3つのことはすごく素晴らしいなと思いますし、価値がありますが、その反面、ティールの枠組みから見ると、少々“外側視点”のものが多いという感じがします。「私たちがどうあるべきか」というところで探求している感じです。
そこから少し感じることは、あらゆる企業のパーパスが似てきていないですか? ということです。パーパスは、本当はその企業の日々の活動の判断基準として機能しないといけないけれど、外から「べき論」で考えると、そういうことになりがちです。
フレデリックは、パーパスというのは、その人が心から「この組織で働いて本当に嬉しい」とか「誇りに思う」とか「これこそ私が人生で成し遂げたかったことなんだ」とか、一人一人の心が動くような意味・意義に基づいて働くことができているかをしっかり問いながら、経営活動・組織活動をしていきましょうと強く言っています。
だから「内側のエネルギーにつながっているか」が、フレデリックが大切にしているパーパスの考え方ということを意識していただきたいと思います。
コントロールの世界観で使われていないか?
さらに、フレデリックは警鐘を鳴らしています。今の組織は、目的やパーパスがコントロールの世界観で使われているのではないか? というところです。
ほとんどの経営会議で行っていることは、目的を問うて議論しているのではなく、「生存」と「最大化」がテーマになっています。「どうやったら生き残れるのか」「どうやったらシェアが増やせるのか」という話で日々意思決定をしています。それ自体にすごく嘆いているところが一つあります。
もう1つ。目的を手段として使っていませんか? ということです。私たちは目的をきれいな文言で飾り立てて人を惹きつけようとしたり、名文化することでバラバラになりそうな現場を束ねようとしたりしています。「それはちょっとおかしくないですか?」とフレデリックは言っています。
パーパスを作って、それに基づいて10年、20年やっていくというよりも、組織を「目的を持っている生命体」として捉え、その生命体が持っている真の目的に耳を澄ませて試行錯誤しながら、日々の企業活動をするということが大事だとフレデリックは言っています。
どの組織もビジョン戦略が似ていないか?
ここで、さらに探求していきたいのは、最近、どの組織もビジョン戦略が似ていませんか? ということです。
今までの経営論・組織論は、A or Bという概念・世界観の中にいます。いわゆる、企業経営、経営者の最も大切なことは「選択と集中」。資源は限られているのだから、やらないことをきちんと決めることによって分散しない。だから、A or Bできちんと選ぶことこそ経営なんだと言われてきています。
そこに実現可能性とエビデンス、説明責任を求めると、だいたいチャレンジできなくなっていきます。結果、A or Bの世界観の経営をしていくと、当たり障りのないもの、皆をある程度納得させるものしか上がってこない。
あるいは、反論が起こらないくらい抽象化するということが起きます。世界平和と言っていたら、だいたい皆反対しないですよね。いわゆる、パーパスを掲げても何の効果もないことが起こっています。
ティールが言っているのはそうではなくA and Bだと。組織に対して思いを共有し、貢献したいとして集まっている人たちが、真剣に感じて、考えている「こうありたい」という像に対して却下するというのはもったいない。個々人が持っている物語をすべて大事にしましょうという考え方です。
ただ、優先順位はあります。その中で、いろんな人が自分の思いを行動に移して良いという自由があります。いろんな人が実験を始めてその上で止めること、実験を始めてさらに確信が生まれて展開していくとか、そういうことを繰り返していく中で新しい変化を生み出していくのが、A and Bの考え方です。
パーパス探求を忘れさせない存在が必要
そんな時に、コーチやチームコーチが大活躍します。今まではミッション・ビジョン・バリューなどパーパスに近い範囲は経営層マターで、そういうのを考える人たちがいて、その計画に基づいて現場が動いていました。
ティールにおいては、お客さんと接しているとか社会と接しているところにこそパーパスの最前線があるという考え方なので、まったく変わってきます。
だから、非日常の時間で、パーパス策定をして、それに基づいて計画するのではなくて、ずっと考え続けているし、日々の仕事がパーパスを探求する現場なんです。そんな中で、常に感じたことをお互い対話しながら意思決定をして、また対話をしてという繰り返しの中でやっていきます。
非日常で対話をするのは悪くはないんですけれども、日々の日常はオペレーションに振り回されています。より日常化していくというプロセスで、客観的な立場からパーパス探求を忘れさせない。そういう存在がまず必要だろうなと思います。同時に、チームや組織の生命体の声を聞く。そういうのもチームコーチの役目かなと思います。
実は、パーパス探求は、日々の日常にヒントが山ほどあるんです。その一番のヒントは、私たちの体です。ティール組織には「プロジェクトに熱量が上がらなかったら、上司と相談をせずにプロジェクトを抜けていい」という尖った組織もあります。それは一見わがまま集団ですが、違う見方をすると、体のシグナルに本当に耳を澄ませている集団なんです。
本当に世の中に価値があったら、仕事にワクワク取り組めるはずなんです。それが、行きたくないとなっている時点で、体は気づいています。それを素直に表現したら、どこに熱量があるのかを皆で探求します。そういう弱いシグナルこそ、パーパス探求の鍵になってきます。
日々働いていると、なかなかそこにアンテナを張れなくなってしまうんですね。そういう時に、コーチやチームコーチの存在があると、弱いシグナルの発見を手伝ってもらえて、パーパス探求につながるのかなと思います。
最後にお話をしたのは内側——内側というのは心の内側、現場の内側という意味もあるのですが、そこには宝もののようなものがあるんですね。それぞれの人の個性もそうですし、それぞれが持っている現場の物語みたいなものもそうです。
トレンドを追いかけてパーパスを作るのではなく、現場の物語に耳を澄ませて、「ザ・ディーペスト・ポテンシャル※1」を探求し、意味のある一歩を踏み出すという中で、唯一無二の組織のパーパスを実現していくことになります。そこに、チームコーチの役割は欠かせないものになります。
※1: ホラクラシーではパーパスの定義を「組織が世界で持続的に表現できる最も深い創造的な可能性」としている。
【対談編】では、「システムコーチングが入っていないような組織では、どうやって生命体の声を聞くのか」について、CRR Global Japanファカルティの島崎と原田も加わり、対談形式で語っていきます。