スポーツで日本の社会を元気にする ORSCC守屋麻樹さん

スポーツの分野で何かできないか

現在、企業向けに研修やエグゼクティブ・コーチングをしています。スポーツ向けでは、アスリートやアスリートの指導者に向けたコーチングや1on1ミーティング、様々な競技団体の代表クラスの選手を対象とした研修やチームビルディングをおこなっています。

大学卒業後、銀行、飲料メーカー、研修会社の3社を経験し、2010年にローレルゲート株式会社を立ち上げました。ローレルというのは月桂樹のことで、「勝利」や「輝く未来」という意味があります。ゲートは門なので、“私”という門をくぐって向こうへ行くと、「勝利」や「輝く未来」がある、ということを表しています。

会社を設立する時に、まずは自分のやりたいこと、できることを棚卸しました。元々体育会出身で、大学時代は4年間アーチェリー部に所属。その頃、母校である早稲田大学のアーチェリー部のコーチをしていました。

棚卸をしたことで、改めてスポーツが自分の中で大切な要素だと認識したんです。目標達成をすること、そこに向かって自分で工夫すること、努力をすること。自己成長は私の大切にしている価値観なのですが、それをすべて体現しているのがスポーツなんです。

加えて、前々からスポーツ業界の人材育成が遅れていると思っていたこともあり、10年間研修会社で働いていたこと、ちょうどパーソナルコーチングを学んでいたことから、その強みや学びを活かしてスポーツの分野で何かできないか考えました。その時に、アスリートの人材育成や、指導者の指導・育成というフィールドが思い浮かんだのです。

守屋さんがコーチ・監督を務めた早稲田大学アーチェリー部

後輩のためにもアーチェリー部を立て直さなければ

ある時、早稲田大学アーチェリー部の監督が変わることになり、そのタイミングでOB・OG会の役員をしている1学年下の後輩から「OB・OGの集まりがあるから来て下さい」と誘われました。行ってみたら、「新監督のもとでコーチをやってくれませんか?」と打診されたんです。

「もう10年以上アーチェリーをやっていないので」とお断りしたら、「アーチェリーは教えなくて良い。実は、部が大変なことになっていて…」と言われました。

昔から監督はいるものの、学生主体で運営していました。明確な原因はわからなかったのですが、挨拶をしなくなったり、先輩が後輩を教える仕組みがなくなったり、部員が練習へ来なくなりどんどん辞めていくようになって、学生たちで部をうまく回せなくなっていました。その話を聴いて、コーチを引き受けることにしたんです。2004年のことでした。

「何が良くて、何が良くなかったか」を自分で突き詰めるのがアーチェリーの魅力(守屋さん)

コーチを始めたものの、学生が思うように動かなくて。最初は自分たちがいた部が崩壊しかけていることが悔しくて、悲しくて、許せないみたいな感覚があったので、「どうしてやらないの?」「なんでできないの?」という威圧的なコミュニケーションをしていました。そうなると、学生とまともなコミュニケーションを取れないんですね。「なぜ、うまくいかないのだろう」と思いながら数年が経ちました。

ちょうどその頃、勤めていた会社で部下を持つようになり、その部下のマネジメントに悩んでいました。当時は部下に対する適切な関わり方を知らず、「なんでやらないの?」「どうしてできないの?」と威圧的に接して、会社を辞めさせてしまったのです。その時に、その部下から「弁護士の知り合いがいるので、今までのやりとりについて相談しています」と、パワハラで訴えられそうになったことがありました。

初めは「仕事のできない部下が悪い」と思っていたのですが、だんだん自分にも悪いところがあったと思い始めて。その時にふと、「もしかして、アーチェリー部の学生たちにも同じことをしているのでは…」と思うようになり、コーチングを学び始めました。

初めに学んだのはCTIのCo-Active*1コーチングです。そこで「人はもともと創造力と才知にあふれ、欠けるところのない存在である」というコーチングの礎に触れたんです。それまで学生たちを“やる気のないダメな人たち”という眼鏡で見ていましたが、色々質問をしていくと、「ちゃんとした部活がやりたくて入ってきた」とか「慶應みたいに強くなりたい」いう思いがあったんです。そこから対話を始めていくと、「本気でアーチェリーをやりたい」という学生たちが増えていきました。

*1 Co-Active®︎は、株式会社ウエイクアップ CTI ジャパンの登録商標です。
より詳しくお知りになりたい方は、CTI ジャパンのホームページをご覧ください。

コーチは、2004年から2010年まで続けたのですが、その間にとても悲しいことがありました。実は、「OB・OGの集まりがあるから来て下さい」と声をかけてくれた後輩が仕事で過労死してしまったのです。訃報の2週間ほど前に彼と会っていて、「大変そうだから少し休みなよ。死んでしまったら元も子もないよ」と話していたのですが……。そんなこともあり、「後輩のためにも絶対にこのアーチェリー部を立て直さなければ」と強く思うようになりました。

そこから何とかアーチェリー部を立て直し、変革の土台を作ったということで、2010年から監督に就任。早稲田大学では、体育会の男女総合の女性監督は、私が初めてでした。「このチームを日本一にしたい!」という思いを胸に、2010年から2017年まで監督を続けました。

「このチームを日本一にしたい!」という思いを持って監督をしていた守屋さん


個人を見ながら、チームを俯瞰して見る

ORSC(Organization and Relationship Systems Coachingシステムコーチング)を学び始めたのは、アーチェリー部に関わるようになったことがきっかけでした。アーチェリー部のコーチ時代にORSCのプログラムが日本で初めておこなわれることを知り、絶対に学びたいと受付開始時間に申し込んだのですが、すぐに満員になってしまって。その後なかなか日程が合わなかったのですが、監督になって「なおさら学びたい」という気持ちが強くなり、2014年からコースを受講し始めました。

初めは、人と人との関係性をシステムで捉えるということが、わかるようでわからなくて。学びを進めていくうちに、監督というのは一人ひとりの個人を見るし、一つ一つの出来事も見ていくのですが、「このチームに何が起きているか?」とチームを俯瞰して見ることも大事だと思うようになりました。ORSCを学んで、視座や物事の捉え方が変わったというのが大きな変化です。

その頃、監督をしていたアーチェリー部では、学生が対人関係で揉めるということが毎年のように起きていました。最初は、問題が起きると「何とかしなければ」と解決するところに意識が行っていたのですが、ORSCを学んでからは、問題が起きると「来たー!」とちょっと嬉しくなり、まったく問題が起きないと「今年は大丈夫かな?」「このチームは上っ面な感じかな?」と捉えるようになって(笑)。意見の「対立」はチームが強くなるプロセスにおいて、非常に大事だと気付きました。

各地区のリーグ戦の上位校が参加する「全日本学生アーチェリー女子王座決定戦」

オリンピック選手にORSCを活用

私のワールドワークプロジェクト*2は、「スポーツで日本の社会を元気にする」ことです。そこにあるのは、「強くて良いチームを作る」という思いです。良いチームというのは、関係性が適切で、自分たちでどんどん新しいものを見出し、進化できるようなチームを指します。強いだけでもダメ、良いだけでもダメなんです。

*2 ORSCの知恵を使い、目の前に起きているさまざまな問題・課題に働きかけ、より良い関係性(Right Relationship)を共に作ろうとする取り組み

世の中にはスポーツが嫌いという人もたくさんいるのはわかっていますが、オリンピックなどの大きな大会は影響力があると思うんです。例えば、今回のパリオリンピックで体操の団体が金メダルを獲りましたが、あの団体のチームワークを見て「良いチームだな」とか、「あそこの監督が良いな」「自分の部署もあんなチームだったら良いのに」と思った人もいると思います。スポーツを通じてたくさんの人に組織作りの成功事例を見せられたら、そしてそこに自分が関わっていたいという思いがあります。

ORSCは、色々なチームで使っています。例えば、卓球の女子チームや実業団のソフトテニスのチームビルディング、最近では、オリンピックに出場するアーチェリー日本代表チームの強化合宿や世界フィールドアーチェリー選手権大会の事前強化合宿などで使いました。今回のパリオリンピックに出場していたアーティスティックスイミングの選手たちがジュニアの時には、相互理解を深めるためにORSCで学んだ知恵を使ったこともありました。


▼フィールドアーチェリー日本代表選手のチームビルディングでもORSCを活用
 →(全日本アーチェリー連盟のInstagramをご参照ください)

ORSCを活用した実業団のソフトテニスのチームビルディング

アーチェリーの日本代表や代表候補に対しては、東京オリンピック、パリオリンピックがおこなわれる前に数回のチームビルディングを実施しました。例えば、「インフォーマル・コンステレーション」というツールを使いながら、東京オリンピックの時は「東京五輪」、パリオリンピックの時は「パリ五輪」というテーマで、「このチームはどんな姿なのか」を全員で確認しました。

また、「ゴースト」の話をしたこともあります。ゴーストというのは、その場にはいない、もしくは言葉にされていないけれども影響を与える人物や出来事などを指すのですが、そうした目に見えない「ゴースト」に影響を受けるという話に選手たちはうなづいていました。

▼パリオリンピックに向けた、アーチェリー日本代表や代表候補へのチームビルディング
 →(全日本アーチェリー連盟のホームページをご参照ください)

なぜ、そんなに王座にこだわるのか?

最もORSCを使っているのは、早稲田大学のアーチェリー部に対してです。監督をしている時だけでなく、監督退任後も男子・女子チーム共にチームビルディングをおこなっています。その取り組みを「スポーツにおけるチームビルディングの効果性に関する研究」という修士論文にまとめました。

実際どのようにORSCを活用しているかですが、チームの最高の状態である「ハイドリーム」と最悪の状態である「ロードリーム」を通じた対話からスタートすることが多いです。2019年に女子チームでおこなった時には、ハイドリームとして「リーグ戦優勝」や「王座制覇」(全日本学生アーチェリー女子王座決定戦で優勝すること)など結果やパフォーマンスに関することも出ていましたが、「学年問わず意見を言い合える」「時間をきっちり守る」など関係性やチームに関する意見も多く見られました。

「ハイドリーム」と「ロードリーム」について対話するアーチェリー部女子

チームの現状(一次プロセス)、チームが越えるべきもの(エッジ)、越えた先にあるもの(二次プロセス)について話し合うこともあります。先程の女子チームの時には、二次プロセスとして「王座制覇」や「尊敬し合える関係」などが出てきました。

その後、「チームが1年後に目指す状態になるために、今、話すべきことは何か」という対話をしたのですが、「なぜ、そんなに王座にこだわるのか?」というチームにとって本質的な問いが一年生から出されました。それに対して「なぜそこを目指しているのか」、上級生が熱く語り始めたんです。

対話が進み、皆が傾聴する中で発言しやすい雰囲気が作られていくと、あまり発言しなかった選手が自分の意見を言ったり、自分自身の辛かった経験を涙ながらに自己開示する選手が出てきたんです。こうした一人ひとりの中にある「思い」が出るような語りが起きると、「このチームは大丈夫だな」って思います

男子チームでも同じツールを使いながら対話をしました。以前チームビルディングをした頃に比べて発言量が増え、他者をサポートするコメントも出るようになり、成長が感じられる時間になりました。

「ハイドリーム」について発表するアーチェリー部男子

「問い」が出てくるチームを作りたい

今後も、ORSCを良いチームや影響力のあるスポーツチームに使っていきたいです。私の中での良いチームというのは、繰り返しになりますが、関係性が適切で、自分たちでどんどん新しいものを見出し、進化できるチームのことです。

ORSCを使うと、自分たちが今どうなっているかを自覚できます。そこから、「自分たちには何が必要か?」「何を目指したいのか?」など、話し合う場を作ることができます。これからも、自分たちの中からそんな「問い」が出てくるようなチームを作っていきたいです。

▼守屋麻樹さんのメールアドレス info@laurelgate.jp

【編集後記】コーチ6年、監督7年、計13年もの間、母校のアーチェリー部の選手たちを見守り、育つのをサポートしてきた守屋さん。「どん底を脱した後、皆でチームをより良くするために、今までなかったルールを一緒に作り上げていくのが楽しかった」と話す笑顔が印象的でした。ORSCで対話を深め、自走するチームをどんどん生み出していってほしいです。(ORSCCのライター:大八木智子)