アジアのリーダーをエンパワーするCRR Global Japanファカルティ 村松圭子さん
常に「日本人」として見られる経験
父親の仕事の関係で、幼い頃から海外で暮らしていました。6歳から9歳まではイギリス、16歳から18歳までの高校3年間はカナダです。これまで意識していなくても、自分は「帰国子女」であり、常に「日本人」として見られる経験をしてきました。

自分のアイデンティティを難しく感じる時期もありましたが、海外で暮らしてきたからこそ、「世界はすごく近い存在」だと感じていて。そんな原体験もあって、今はCRR Global Japanのファカルティだけでなく、CRR Global の中で、シンガポールに拠点があるAPAC(Asia Pacific Alliance of Coaches:アジア太平洋コーチ連盟)や中国でのファカルティを務めています。
また、企業をはじめ、NPOやNGO、地方自治体、スポーツ関係者やチームに対するORSC(Organization and Relationship Systems Coaching=システムコーチング)やエグゼクティブコーチングをしています
スポーツ分野に関わるようになったのは、学生の時にラクロスをしていたことが関係しています。大学時代の2005年には、日本代表選手としてワールドカップに出場しました。その経験を活かして、2011年には香港代表監督、2019年には日本代表女子ラクロスU19のゼネラルマネージャーをしたんです。
その頃19歳以下だった選手たちの3分の1ほどが、今年おこなわれたワールドカップで日本代表として選ばれて、とても嬉しく思っています。さらに、現在はその日本代表のヘッドコーチへのエグゼクティブコーチをしています。

産後2か月で香港から東京へ学びに通う
大学卒業後は、経営コンサルティングファームに入社しました。先程触れた通り大学時代はラクロス部に所属していたのですが、そこで75人の女子部員をまとめるキャプテンを務めていたんです。その頃から、「強い組織というのはどうやったら作れるのだろう」と思っていました。
試合に出られる選手12人を入れて、ベンチ入りできるのは最大20人。その他の55名も含めて、「同じ目標に向かうというのはどういうことだろう」というところに意識が向いていました。プレーをするよりも、むしろチーム作りの方が好きだったと思うぐらい力を注いでいて、「これができる仕事は何だろう」と思いながら就職先を探しました。
入社後は、企業の新卒採用のコンサル担当になりました。欲しい人材を採用するというプロセスに関わっていたのですが、マス向けよりも、本当は個人それぞれが違う価値観を持っているので、そこにどんな声や価値観があるのか、どうやって人生を決断しているのか、そういうところに興味を持ったんです。今になって思えば、そこがパーソナルコーチングの入り口でした。
その後結婚し、夫の転勤のため仕事を辞めて、駐在員の妻として香港へ帯同することになりました。子どもは小さかったのですが、現地ではお手伝いさんを雇うのが一般的だったので、自分の時間が持てることになったんです。「そこを価値ある時間に使いたい。本当にやりたいことをやるチャンスだ」と思いました。
色々探している中で出会ったのが、『コーチングバイブル』(東洋経済新報社)という本でした。それを読んで、香港から東京でおこなわれるCTIの基礎コースへ行くことを決めたんです。2012年、ちょうど2人目を出産した、産後2か月の時でした。
会場に着くと、周囲は企業の人事担当者や会社のお金で参加している人ばかりで。20代、しかも専業主婦で参加している人はいなかったので、最初は「場違いなところに来てしまった」と思っていました。けれど、途中から吹っ切れて、「私はコーチになる」と思い始めて。やると決めたらとことんなんです。10年に1度ぐらいのスパンで、そういう“とことん向き合うこと”が現れるんですが、それがラクロスとコーチングでした。
なぜ、ラクロスとコーチングに惹かれたかと言うと、どちらも歴史が浅く、自ら道を切り拓くパイオニア感があったからだと今になって思います。基礎コースへ行った後、上級コースまで行くことを決意し、CPCC*1(Certified Professional Co-Active Coach)の資格を取りました。
*1 CPCC®︎は、株式会社ウエイクアップ CTI ジャパンの登録商標です。
より詳しくお知りになりたい方は、CTI ジャパンのホームページをご覧ください。

「関係性をあきらめない」ことが大事
その後、夫がイギリスへ転勤になり、再び駐在員の妻として帯同しました。現地でCTIのコースがおこなわれてアシスタントとして参加をした時に、ORSCのことを知ったんです。その時は「行ってみようかな」くらいの熱量で、ロンドンでおこなわれた基礎コースに参加してみましたが、話の中に出てくる言葉が全くわからなくて。「学ぶなら日本語の方が良い」と思い、その場はあきらめました。
夫の海外赴任が終わり、2016年末に帰国しました。その翌年からORSCの応用コースを受け始めたんです。流れのままにORSCC(Organization and Relationship Systems Certified Coach)の資格を取り、その後すぐに開催されたファカルティのオーディションを受けました。というのも、「やるならとことんトップレベルになる。やるなら日本代表に」という意気込みがあったからなんです。
ORSCのファカルティになって大事にしていることは、関係性を簡単に諦めないこととRight Relationship(より良い関係性)の探求です。先に言っておきますが、もちろん諦めた経験もあります! 関係性を諦めないと思ったきっかけは、これも大学時代のラクロス部の経験にあります。同期が19人いたのですが、キャプテン決めのミーティングがあった時に、私を含め3人が立候補したんです。6時間ぐらいミーティングしたのですが、決まらなくて。
その時に、同期の一人が「私はKEIKOを信頼できない」って言ったんです。もうびっくりするやら、そんな声があるのに立候補した自分が恥ずかしくて。「そんなことを思っている人が1人でもいるなら、私はキャプテンをやるべきではない」と話したら、候補として選ばれていたもう1人から、「KEIKOはここで逃げたら、一生逃げる人間になるよ」「私が副キャプテンをやるから、KEIKOがキャプテンをやりなよ」って言われたんです。
それまでは自分が強くなるために頑張ってきたし、パフォーマンスが大事だと思っていたけれども、この経験から「関係性」も大事なんだと学びました。その後の1年間は、怯えながら、どこか信頼されていない感覚も持ちながらチームに貢献していったんです。
そこから何かしんどく感じることが起きた時には、「これは諦めたら逃げかな?」と問うようになって。これをきっかけに、「逃げならやってみよう」という気持ちを持つようになりました。私の人生を変えたエピソードでした。

自分は日本人であり、アジア人の一人
私のワールドワーク*2のテーマは、「アジアのリーダーをエンパワーする」です。自分は日本人であり、アジア人の一人だから、アジアのリーダーをエンパワーしたいという思いが純粋にあります。ORSCのファカルティをしていることも、色々な組織にORSCを実施していることも、そこにつながっています。
*2 ORSCの知恵を使い、目の前に起きているさまざまな問題・課題に働きかけ、より良い関係性(Right Relationship)を共に作ろうとする取り組み
加えて、自分が受けた教育の中では、「欧米の方が進んでいる」とか「アジアは遅れをとっている」という、昭和もしくは戦後の日本のタイムスピリット*3が気が付かないうちに醸成されていったと思っていて。ラクロスもコーチングもアメリカが発祥の地で。アメリカの方が進んでいると無意識に思い込んでいた自分がいました。おそらく、アジア人全体でそうしたものが薄らあるのではないかと思います。
*3 人種差別や性差別主義などの社会的・文化的ゴースト。ゴーストとは、その時点で実際には存在していないにも関わらず、影響を与えている人々、出来事、もしくは経験のこと
だからこそ、アジアのリーダーが無意識に自分を小さく見るのではなく、自分自身の本当の声にも耳を傾け、仲間の声にも耳を傾けられる世界を作りたい。そこにORSCを届けたいのです。
ORSCは関係性を扱いますが、ある種リーダーシップだと思っていて、どれだけ“火の中”に居続けられるか、対立の中に居続けられるか、システム(関係性)の声として受け取れるか、ディープデモクラシー(深層民主主義)*4を勇気をもって言えるか、聴けるかというところが肝だと思っています。
*4 「正しく現実を表すためには、あらゆる人のあらゆる声が必要である」という考えを具体化したもの。プロセス指向心理学(プロセスワーク)の創始者であるアーノルド・ミンデルが提唱
一人ひとりの心がピースフルかどうか
先日、岐阜でおこなわれたHEARTH SUMMITに参加してきました。テーマは「ソーシャルワーカーのウェルビーイング」です。そこで、ルワンダで虐殺後の回復運動をしている人やインドネシアで女性活躍を支援している人、アメリカで移民の人権を守る人など、普段出会わない人たちに出会いました。「ウェルビーイング」がテーマになるほど壮大な社会変革にチャレンジしている人たちはこんなにいるのかと、自分が見えていないものはまだまだ多いと感じました。

社会変革の取り組みと言えば、以前ラオスの人身売買、児童買春をどう減らしていけるか、なくしていくかというプロジェクトをおこなっている人々にORSCをおこないました。その時に、児童買春をしている中には日本人もいると聞いて、直接自分の親族や知り合いではないけれども、思わず謝ったんです。
相手は謝って欲しいわけでも全然ないし、直接の被害者でもありません。けれども、それを創り出しているのが私たちのいる社会であり、そして日本人であるということは、私もその中の一員であり、その問題とつながっていると感じたんです。
戦争の話もそうですが、生まれていなかったから自分に関係ないということもできるけれども、何かつながりを感じられるようになった自分がいて、それによって未来に向けて何か動かせることはあるかもしれない。その接続感がアジアだと思っています。
今は、日本だけでなくアジアでもシステムコーチを育てること、組織でORSCをおこなっていることが1つの形になっています。それ以外には、まだ具体的に動いているプロジェクトはないのですが、少しずつ企業という枠から社会に開き始めているという感覚が生まれています。
これは世界平和にもつながる話だと思っていて。世界平和というのは、もっと壮大なものだと感じていたのですが、一人ひとりの心の中がピースフルかどうかから始まると思うんです。個々人が「私はここにいていいんだ」とか、「ここに役立っている」と感じられるコミュニティや組織があり、それが波紋のように広がっていくと、平和につながるのではないかと思っています。

先程話したタイムススピリットや痛みに触れずに行くと、それが歪んで人々の行動に影響してしまうので、そこに触れていくことが「入口」な気がしています。個人のインナーピースもそうですが、システミックなピースって何と言った時に、そこをちゃんと扱えるかどうか。日本人として、アジア人として、もしかしたら女性としてかもしれませんが、「そこを自覚しているか、癒せているか」というところが大切な気がしています。
組織や社会に変化を起こしたい時に、自分一人の力でなんとかしようとするよりも、システムというレンズを持つことで、その場の力を何倍にも引き出すことができます。それがORSCの智慧です。その智慧に触れてみませんか。
【編集後記】
「私はKEIKOを信頼できない」——ラクロス部の仲間から辛辣な言葉を受けたにも関わらず、そこから逃げず、あきらめずに関係性を育んできた村松さん(KEIKOさん)。そのあり方に心を揺さぶられました。「アジアのリーダーをエンパワーする」と語るKEIKOさんの言葉は力強く、関係性の勇者として、ここからありたい未来を切り拓いていかれると確信しています!(ORSCCのライター:大八木智子)